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■受験生の過ち(15)

■受験生の過ち(15)


★「理解」と「解ける」の違い、「解ける」と「より速く解ける」の違いに気付け

どんなに難しい大学の入試問題だって、その99%の問題は、少なくとも受験生の1%には解けるものだ。

何が言いたいかというと、最難関大学を志望し、そして本気で受かろうとする受験生にとって、入試問題は「本質的に解けるはず」のものが大半だということだ。それなのに実際の点数で大きな差が開き、合否が分かれてしまうのは、「解けるはず」の問題だからといって「解けるとは限らない」からだ。

その理由のひとつが解答時間不足だろう。

演習している塾生を端から眺めていると、恐らく本人達が思っている以上に「解答時間に差がある」のが分かる。

僕の演習(60分)では、まぁ普通じゃあり得ない(東大本番より忙しい)ほどの問題を課すのだが、それで8割以上の得点を叩き出すものがいる一方で、2割そこそこしか解けないものもいる。彼らの差は、僕の演習だけをみれば天と地ほどに感じるかも知れないが、もちろんそうではない。例えば東大実戦模試を受ければ、60点満点で50点と35点位の違いだろうか。

つまり僕の演習教材は一種のクロマトグラフィーのようなもので、本人達が気付きにくい些細な差(ここでは解答速度)をうんと引き延ばしているわけだ。

塾生からしてみれば衝撃的な差を突き付けられるわけだから、どうやったら一問でも多く解けるようになるだろうかという方向に意識が向くのも当然だ。

僕からしてみたらごく当然の意識なのだが、ところが大抵の医学部受験生はそこが甘い。滅多に出ない難問を解く努力は好きこのんでやるくせに、頻出の標準問題を一秒でも速く解く訓練を嫌がるのである。

いかに速く解けるようになるか。
難関大合格にとって、それは非常に重要なことなのだ。
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テーマ : 医学部受験
ジャンル : 学校・教育

■受験生の過ち(14)

■受験生の過ち(14)

★ライバルに負けても「蛙の面にしょん便」

成績の伸びる者は間違いなくプライドが高い。「俺に答えられなかった問題をライバルがスラスラと答えた」とき、どれほどの焦燥とを抱けるか。「俺はアイツよりも賢いと思っていたライバルの判定が自分よりも上だと知った」とき、眠れないほどの悔しさを抱けるか。、「講師が以前と同じ質問をして、今回も答えられなかった」とき、どれほどの自己嫌悪と羞恥を抱けるか。どれほど「このままじゃあかん!」と思えるか。

失敗体験を忘れない者は伸びる。小橋の添削で「アホ」とか「最低!」とか「ギネス級のアホ」とか書かれたとき、「涙が出ました」という生徒もいればケロリとしている生徒もいる。僕に「なにこれ」と書かれた答案を、「余りに悔しくて机に貼ってました」という生徒もいれば、何度言っても復習しない者もいる。

言うまでもなく、小橋塾の生徒にとって最大のライバルは小橋である。僕ごときに負けているようじゃとてもとても…。

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■受験生の過ち(13)

■受験生の過ち(13)

★一般教養の不足を自覚しながら何とかしようとしない

「無知は恥である」そう考える高校生が激減した気がする。
科学誌を読まなくなったとかそういうレベルではなく、全般的に物事を知らない、知ろうとしない。「知らない」と口にすることに躊躇がない。

最近の受験生は本当に読書が足りない、ということは別エントリに記した。医学部を目指す受験生、そりゃあ本なんか読んでられませんよと言われるかも知れない。だが、ちょっと待って欲しい。

もちろん、中高時代までに浴びるように読書した人間にはもう敵うわけがない。試験まで数ヶ月という時期に、読書という形式で受験国語の成績を伸ばすことは確かに諦めた方がいいだろう。

しかしだからといって読書不足、さらにいえばそこから来る一般教養の欠如を自覚していながら何ら対策しないというのは、やはり間違ってはいないだろうか。

今までろくな読書をしてこなかった人間だって、いや、そういう人間だからこそ、いま目の前にある一冊の書籍から得るものは小さくないはずだ。

かくいう僕は小さい頃から本の虫だったので、今思えばかなり早熟な読書を楽しんでいた。中学時代には例えば安部公房全集を読んだし、そこから得たものは小さくないと思っていた。しかし、もうすぐ30歳になるという今になって久し振りに安部公房を紐解いてみると、「なんだ、僕は全然読めていなかったんじゃないか」と驚愕し、反省する。むしろ「今こそ読むべきではないか」と思うし、「今まで読んだ本を全部読み直したい」とすら思う。

ある年齢になってから初めて読めることがある。読書に縁の無かった者が、いま、諸君の視点で初めて本を読むことは、決して「遅く」なんかない。諦める必要なんかどこにもない。

小説じゃなくてもいい。評論でもいい。社会学でもいい、心理学でも哲学でも宗教学でも言語学でも科学史でもいい、今まで読もうなんてビタ一文思わなかった本を、国語辞典片手に読み進めてみて欲しい。

死に物狂いの受験勉強の合間に読書をする。それが無駄なわけあるか。

テーマ : 大学受験
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■受験生の過ち(12)

■受験生の過ち(12)

★「人間、忘れるもの」→「忘れるのは仕方ない」というすり替え

最難関校に華々しく合格していく生徒に共通する姿勢。
それは、「同じ過ちは決して繰り返すものか」という強い信念だ。

もちろん、この主題は個人の生まれ持った能力、つまり記憶力に左右される側面も多いが、それを踏まえても意識の差を厳然と知覚せざるを得ないものだ。

例えばこういう偉そうな記事を書いている僕自身、記憶力という点では本当に恵まれなかったが、自分の意識レベルに応じて記憶の精度、つまり「覚えることと思い出すこと」の精度に面白いほど差があることは、随分と幼いときから気付いていた。

以前試験で間違えたこと、その時知らなかったこと、講義中に質問されたとき答えられなかったこと、そして何より講義で扱ったこと。これらを再び過つことなど死んでもいやだ、恥だ、時間の無駄だと思って欲しい。

そして、本番なんか見たことのある問題だけ取りこぼさないだけで合格点など軽くクリア出来るモノなのだ。

諸君は自分が思う以上に同じ過ちを繰り返しているものだ。その実態に気付けばさぞ呆れることだろう。もはや「人間だもの、忘れるものは仕方ない」なんて言葉で自分を慰めてなんかいられないはずだ。

過ちは二度と繰り返さない。それを世間は学習という。

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■受験生の過ち(11)

■受験生の過ち(11)

★与えられたものを素直にこなす従順性

予備校にしても通信添削にしても、家庭教師のような個別指導でない限り、学習のカリキュラムを指導者側に委ねているのが普通だろう。そのカリキュラムの中には、もしかしたら諸君に必要のないもの、あるいは他により優先すべきことがあるものも、存在するだろう。

「授業だから」「カリキュラムがそうなっているから」等と言ってより優先順位の高いものを放置するなんて、何とも勿体ない話だと思わないか。

一流の受験生は自分に何が必要で何が不要かをよく知っているものだ。予備校的に「良い生徒」が必ずしも「受かる生徒」とは限らない。

別に特別なことを言っているのではない。物理の電磁気分野が弱いと自覚しているのなら、電磁気分野を優先して演習すべきである。数Ⅲに苦手意識があるのなら、教科書傍用問題集でいいから基礎をもう一度確認する作業を厭うべきではない。自分に必要のない内容の講義を無理して聴くよりも、場合によっては自習室で粛々と演習をした方がいいことだってある。

相対的に得意といえる分野、既に十分な成績をおさめている分野に時間を割くほど余裕のある諸君は滅多にいないはずなのだ。そんな時間があれば不得手な単元、肌に合わない出題形式に一時間でも多く向かい合うべきだ、なんてことは、今さら言う必要もないだろう。

君たちは「何が必要か」を可能な限り分析するべきだ。もちろんその見極めは決して容易ではない。自分の答案を客観的に眺められる受験生なんてそう多くない。

まず模試を受けろ。そして各科目の指導者に訊きに行け。「自分に何が足りないか」を。

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プロフィール

小橋哲之

Author:小橋哲之
小橋塾塾長

研修医一年生

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