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■「結局、何が言いたいわけ」

■「結局、何が言いたいわけ」

今年のノーベル化学賞を受賞した根岸英一氏が「私は日本の(悪名高い)受験地獄の支持者だ」と発言したことはご存じだろうか。

受験勉強と一口に言っても色々だ。知識を詰め込んで知っているか否かを確認するだけのテストもあれば、自由に作文させてみる試験もある。

僕自身、医師という職業に就くことを念頭に日々奮闘努力しているわけだが、その一方で同じく医師を目指したいという意欲的な若者に恵まれて刺激的な指導を楽しませて頂いている。で、塾生のほぼ全員が医学部志望であるから、どうしても彼らを「医学部の後輩」という観点で眺めてしまうこともある。

病院で働く医師達は、当然ながらみなこのような受験の難関を乗り越えてきている。誰もが数学に頭を悩ませ、理科の修得に多少なりとも時間を費やし、遊びたい気持ちを抑えて机に向かい、合格・不合格の苦楽を知っている人たちだ。

しかし大多数の医師達は受験勉強で学んだことなんかすっかり忘れているはずだ。周期表も忘れ、楕円の求積法を忘れ、或いは古文法も漢文も忘れているだろう。

では、彼らの受験生としての努力は一体何だったのか。医学部に飛び込むための代償として、否応なく支払わねばならなかった「汗」なのか。それとも他人の人体・生命という神聖なものに手を触れることを許されるためのちょっとした「通過儀礼」に過ぎなかったのか。

…なんだか大上段に話が進んでしまったが、僕が言いたいのはとてもシンプルなことだ。受験勉強を通じてこそ磨かれる思考回路があるってことだ。例えば高校化学において、「閉殻って何なの?」と僕が訊いたとしよう。

当然、その言葉を聞いたことのない医学部受験生など存在しない。僕が「閉殻を100字以内で説明せよ」という問題を試験時間中に出したなら、きっと塾生のほとんどがそれなりに解答を作ってくるだろう。ある者は具体例を持ち出して、あるものは教科書にあった表現を思い出して。決して簡単ではないが、難しくもない課題である。

ところが、「口頭で、端的に言ってみて。今すぐに。ほら早く!」と僕が言ったとすればどうだろう。多くの塾生は身が固まる。短気な小橋のことだ、何か言わないと。何て言おう、何から言おう、どう言おうか、こう攻めようか…とめまぐるしく頭が働くか、或いは緊張で頭の中が真っ白になってしまうかする者がとても多いようだ。

で、悲しいかな頓珍漢な言葉が口を出て呆れた小橋が「…何言ってるの?」となってしまうわけだ。長めの時間を与えても冗長であったり因果関係が逆転していたり、まぁろくな答えが返ってこない。じっと我慢して聞いていた僕もついに痺れを切らし、「で、結局何が言いたいの。」と迫ることになる。

しかし、そうでない者もいる。10字とか20字とか、とにかくごく短い一息のフレーズの中に、出題者(僕)が一番望んでいる事柄を端的に指摘してしまう者がいるのだ。それが例え洗練された表現ではなくても、「そうそう、それそれ!それを言って欲しかった!」と僕が膝を叩くような解答を即座に答える者が。

こういう生徒は普段から目の前にある問題(例えば過去問とか問題集とか)を解くことのみに埋没せず、恐らくは「で、結局大事なことはなんなの」「何が言いたいの」「だから何」「ポイントは」と掘り下げて自らに問い掛けているのである。

その習慣は受験勉強を通じて補強され、その人間の思考回路として確実に焼き付けられていく。こういう人は新しく何を学んでも飲み込みが早い。一を聞いて十を知るのも容易くなる(一を聞いて十を知るどころか「十まで聞いて一から忘れる」ような二流・三流の受験生が多いのが現実だ)。

僕の塾生は受験勉強が無駄ではないということをちゃんと知っているだろう。しかし、無駄にさせないための姿勢があるということを知り、それを意識して机に向かっているかというと、それぞれ反省すべき点も見えてくるのではないだろうか。
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テーマ : 医学部受験
ジャンル : 学校・教育

■受験生の過ち(14)

■受験生の過ち(14)

★ライバルに負けても「蛙の面にしょん便」

成績の伸びる者は間違いなくプライドが高い。「俺に答えられなかった問題をライバルがスラスラと答えた」とき、どれほどの焦燥とを抱けるか。「俺はアイツよりも賢いと思っていたライバルの判定が自分よりも上だと知った」とき、眠れないほどの悔しさを抱けるか。、「講師が以前と同じ質問をして、今回も答えられなかった」とき、どれほどの自己嫌悪と羞恥を抱けるか。どれほど「このままじゃあかん!」と思えるか。

失敗体験を忘れない者は伸びる。小橋の添削で「アホ」とか「最低!」とか「ギネス級のアホ」とか書かれたとき、「涙が出ました」という生徒もいればケロリとしている生徒もいる。僕に「なにこれ」と書かれた答案を、「余りに悔しくて机に貼ってました」という生徒もいれば、何度言っても復習しない者もいる。

言うまでもなく、小橋塾の生徒にとって最大のライバルは小橋である。僕ごときに負けているようじゃとてもとても…。

テーマ : 大学受験
ジャンル : 学校・教育

■鉛蓄電池は何に使われるか

■鉛蓄電池は何に使われるか

先の講義での話。
鉛蓄電池は高校化学で重要な素材であり、まぁ避けて通れない電池である。受験生のレベル、志望によらず、誰だって精通しておくべきであり、講師としても二次電池とはどのようなものかを説明するにはもってこいの教材だ。

その話をしていて驚いたのが、鉛蓄電池の用途、つまりそれが日常生活のどのようなシーンで使われているのかを知らない塾生が決して少なくなかったということだ。

なんて気の毒なんだろう!

彼らは、教科書に書いてあることを一生懸命に覚え、過去問にある問題を一生懸命に解いている「だけ」なのである。

「だから何だ」「それの何が悪い」と言う人もいるかも知れないが、僕には到底考えられない苦行である。何故なら、僕には「自分と関連のないモノ・コト」を、ひたすら暗記するような能力がまるっきり欠如しているからだ。

メタクリル酸メチルからなる樹脂が大好きな水族館の水槽に使われていることを知らなければその構造式、いや、存在すら覚えられなかっただろうし、塩化ビニルの樹脂が水道管に使われていることを知っていたからこそその物性が教科書を一読しただけで頭に染み込んでくるのであって、しかもそんなことを知っているからといって自分が物知りだと誇りたいのではなく、ちゃんと教科書や図説に書いてあることなのだ。書いてあるんだよマジで!僕が喋ると慌ててノートにメモする者もいるが、書いてあるんだってば君の手元の教科書に!

そして、そのような「実在としての知識」にまでしっかりアンテナを張っている生徒ほど現時点での成績が良いものだし、今後の伸びも大きくなることを僕は経験的に知っている。このブログの読者だって、幼児が200ヵ国の国旗を覚えたところで、それは「実は大して意味のない芸」だと分かっているはずだ。分かっていても「うちの子は賢い!」などと思いたくなる気持ちも分からないではないが、しかし18、19歳の最高学府を目指す受験生が同じような「芸」をしてみたところで何になる?

知識の習得という、勉強の一番基本的なところで姿勢点検が必要な人が少なくない気がする。

余談だが、東大や京大に合格する生徒の大半が「世間的にどうでもいいこと」をよく知っている。もちろん全範囲にわたる雑学王は少ないが、時として「ほー」と感心してしまう者も多い。

ある生徒は「リア王」の三姉妹の名前をすらすら口にしたし、「オズの魔法使い」のライオンたちが旅をする目的を言えた。ある生徒は文部省唱歌の「我は海の子」を七番まで暗誦していたし、ある生徒は冬の大三角、夏の大三角といった星座、星の名前をすらすら答えた。

これはもう付け焼き刃の知識ではない。彼らの十数年の人生における学習意欲、知的好奇心がそうさせたのだろう。

おいおい、小橋は授業中にそんな話をしているのかとか、それが化学や受験に何の意味があるのだと怒られそうだが、はっきり言う。難関大受験をクリアする人間は、少なくとも僕の知る限り、こういう者が圧倒的に多いのだと。

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プロフィール

小橋哲之

Author:小橋哲之
小橋塾塾長

外科医

三児の父

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