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■教えることと教わること

■教えることと教わること

「先生、クラスメイトに説明する(教えてあげる)のって勉強になりますね」
そういう受験生は大事なことに気付いている。

考えてみて欲しい、難関大を目指す受験生諸君。
君たちは来年の春から家庭教師や塾講師のアルバイトが出来る。いくらでも需要がある。東大に入ってバイトして、お金を稼ぎたいと思う人は少なくないだろう?

今は自分の勉強に一生懸命な君たちは、わずか数ヶ月後に、今度は教える立場に回るのだ。そこにちゃんと気付いているかい?想像できるかい?

僕は毎年の生徒にこう言ってきた。
「君たちは教壇に立っている僕の話を、『自分だったらこう説明するのに』『この説明はなかなか上手いな、家庭教師するとき真似しよう』『その説明じゃ、初学者には分からないよ…』、そういう目線で聴いて欲しい」

「別に家庭教師なんかやりたくないですよ」なんて言わずに聞いて欲しい。大切なのは、「誰かに自分の理解を伝えるということは、最低でも自分の理解が深く正確でなければならない」ということなんだ。人間は何となく理解していることを、何も理解していない人に何となく理解させることすら出来やしない。

人間は言葉で考えを伝える生きものなので、誰かに理解して欲しい抽象概念があれば、とにかく先ずはそれを言葉で表さなければならない。ここが第一関門だ。

次に、その言葉は相手が理解しうる形式に推敲しなければならない。この表現を相手はどう受け取るかな?と、常に自問する必要がある。ここが第二関門。

相手が理解したことを確認するのも言葉なので、相手の言葉を汲み取る力も必要だ。これが第三関門になる。

このキャッチボールを通じて自分の理解の間違いに気付く機会も得られるし、思わぬ新しい理解に到達することも稀ではない。僕が常に対話型の講義をしてきたのはここに重点を置いていたからだ。自分が学ぶために生徒を利用したと言っても過言ではない。(さらに言えば、講師生活の実感として、相手に100まで理解して欲しければ、自分は300を理解していなければならないということも記しておきたい)

人にものを教えるというのはそういうことだ。そして、例えば東大受験生のうち、既に教える側の視点で受験勉強している人が少なからずいるという事実を知って欲しい。

そうだな、例えば「酸化還元反応」という非常に大雑把な概念を、化学を初めて学ぶ高校一年生にどう教えるかい?「触媒」という言葉をどのように説明すれば、そこら辺を歩いている人に理解して貰えるだろうか?

そういうことをたまには考えてみるといい。自分が家庭教師や塾講師として、黒板の前にチョーク一本だけ持って立ったときに、どのような授業をするだろうか。

ほら、不安になっただろう?自分の理解がいかにあやふやなものか、恐くなっただろう?教科書を確認したくなっただろう?

そういう目線で勉強できればちょっと強いんじゃないか。

ま、分かる人が分かってくれればいい戯れ言だけれど。
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テーマ : 大学受験
ジャンル : 学校・教育

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小橋哲之

Author:小橋哲之
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